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法定相続人が全員相続放棄した場合、どうなりますか?

  • カテゴリー:相続・遺言 コラム
  • 2023.05.08

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相続について、素朴な疑問から専門的な論点まで、弁護士が解説いたします。

Q 法定相続人が全員相続放棄した場合、どうなりますか?利害関係人はどうしたらよいでしょうか?また、管理義務はどうなりますか?

A 相続財産・債務は相続人と別個の法人に帰属します。相続財産清算人(相続財産管理人)を選任して、国庫帰属のための手続を行う必要があります。それまでは相続財産を占有する相続放棄者が管理義務を負います。もっとも、管理義務の性質や責任を負う範囲は複雑ですから注意が必要です。

<Point>
○相続人が全員相続放棄をした場合、とは、本コラムでは、最後の順位の相続人が相続放棄したことで、相続人が全員不在となった場合のことを指す。
○法定相続人全員が相続放棄した場合は、相続財産法人というものが法律上成立する。被相続人の財産や債務は相続財産法人に帰属する。
○相続財産法人に帰属する財産や債務は清算手続が行われ、最終的に国庫帰属となる。
○清算手続をするためには、利害関係人が相続財産清算人(相続財産管理人)の選任を家庭裁判所に申し立てる必要がある。
○全員が相続放棄をした場合、相続放棄者は相続財産清算人(相続財産管理人)に対する管理義務は負うが、第三者に対する管理義務は努力義務にとどまる。
○相続放棄者が不動産を占有している場合、管理義務とは別個に、工作物責任を負う可能性はある


≪解説≫

1 相続人全員が相続放棄をした場合

⑴ そもそもどのような場合をいうのか

相続人には順位があり、最も先順位のグループに属する者が相続人となります。

そして、先順位のグループに属する相続人が不在になると、次の順位のグループに属する者が全員相続人となります。(→コラム「誰が相続人になりますか?」参照

このようにして最後の順位の相続人になった者が、全員相続放棄をすると、相続人が全員不在となります。

これが、本コラムで取り扱う「相続人全員が相続放棄をした場合」の場面となります。

理屈の上では「最後の相続人が相続放棄をした場合」と言うのが正確かもしれません。

 

⑵ どのような問題が生じるのか

相続放棄をすると、相続放棄をした者は、初めから相続人ではなかったことになります。

そうすると、相続財産・債務を引き継ぐ者がいなくなってしまいます。

かといって、相続財産・債務が消滅するわけでもありません。

相続財産・債務を引き継ぐ者が不在となると、例えば次のような問題が生じます。

・被相続人に対する債権者は、弁済を受けたり強制執行をすることができません。
・遺贈を受ける人がいても、遺言執行者がなければ贈与を履行する人がいません。
・被相続人と不動産を共有していた人は不動産を処分することも共有関係を解消することもできません。
・誰が相続財産の管理責任を負うのかわからなくなります。

 

2 相続人が不在となる場合における民法のルール

⑴ 相続人に代わり相続財産・債務を引き継ぐ者

相続人が不在の場合、民法の規定に従って、相続人以外の者が相続財産・債務を引き継ぐことになります。

民法では、相続人が不在の場合、相続財産法人が成立し(民951条)、相続財産・債務が帰属します。

もっとも、法人といっても、財産のみで構成されており、株主や社員のような構成員はいません。

そのままでは、手足となって動く人がいませんから、相続財産法人に対する働きかけも、弁済や遺贈を受けることもできません。

そのため、このような請求等をするためには、利害関係人が、相続財産清算人の選任を家庭裁判所に申し立てる必要があります(民952条)

※民法改正により、かつての「相続財産管理人」は「相続財産清算人」に名称を改められています。

 

⑵ 相続財産清算人のなすべきこと

相続財産清算人が選任されると、家庭裁判所は、遅滞なく、相続財産清算人の選任、相続人の申出をすべきことの公告をします(民952Ⅱ)。

また、相続財産清算人は、相続債権者および受遺者に対して、請求の申し出をすべき旨を公告します(民957Ⅰ)。

前者の公告の期間満了までに、後者の公告の期間が満了するように時期が設定されます。

これらの公告は、家庭裁判所前の掲示板に掲示されるため、チェックをすることは現実には難しいかもしれません。

なお、期間満了後には、特別縁故者に対する相続財産分与の申立てがなされる場合があります。

このようにして債権者等が確定しますと、相続財産清算人は、必要に応じ、家庭裁判所の許可を得て、相続財産を換価します。

相続財産清算人は、このようにして得た金銭を、法律に従って債権者や受遺者への支払いに充て(民957)、特別縁故者への相続財産分与等の手続を終えると(民958の2)、相続財産を国庫に引き継ぐことになります(民959)。

 

3 全員が相続放棄をして相続人が不在となった場合の対応

⑴ 相続財産清算人の選任申立て

このように、相続人が不在の場合、相続財産清算人による清算手続を始めなければなりません。

ところが、前述のとおり、相続財産清算人は、利害関係人による、選任申立てが必要です。

利害関係人のうち誰かが、相続財産清算人の選任申立てをしなければなりません。

ここでいう利害関係人には、前記1⑵に記載したような、債権者や受遺者などが想定されます。

要するに相続財産・債務を引き継ぐ者との間で法律上の利害が生じる人が該当します。

家庭裁判所が相続人の不在を察知して自動的に選んでくれるわけではありません。

相続放棄をした人が選任申立てをするとも限りません。

そうすると、結局、コストを負担してでも相続財産清算人の選任によって利益を受ける人が、最終的に申立てをせざるを得ないといえます。

あるいは、相続財産清算人が選任されないと困る人が、相続財産清算人の選任申立をせざるを得ないという表現も可能でしょう。

 

⑵ 申立てにあたって

最も重要な点として、予納金が必要となります。

換価することのできる財産がそれなりにある場合はよいですが、そうでない場合は、申立人が予納金を裁判所に納付する必要があります。

これは裁判所によって金額がまちまちであり、基準も公表されているわけではありません。

また、第三者において、どのような相続財産があるか調査することも容易ではありません。

そのため、予納金の金額は、申し立ててみないとわからない、といわざるを得ません。

少なく見ても20万円は必要となることが多く、場合によっては100万円といった金額が指示されるケースもあります。

しっかり損得計算をしてから申し立てるかどうかを決めるということは難しいでしょう。

 

 全員が相続放棄をした場合の管理責任

⑴ 相続放棄をした者に管理義務の内容

相続放棄をした場合でも、相続人が管理義務を負う場合があるということが周知されています。

しかし、この管理義務について、正確に知られているとは言い難いのが現状です。

それでは、相続放棄をした場合、誰が、どのような範囲で管理義務・責任を負うことになるのか、解説します。

まず、相続放棄後の管理責任について、現行の民法(令和5年4月施行)では、次のように定められています。

「相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。」(民940Ⅰ)

この規定は、相続放棄をした者であって、相続財産を占有している者に、次の相続人が相続財産の管理を開始することができるようになるまでの管理義務を課したものです。

ここでは、相続放棄をしたが、相続財産を占有していない者については、そもそも何の管理義務も課されていないことになります。

この管理義務の性質は、次の相続人のために管理する義務であると解されています。

そのため、次の相続人に損害を生じさせた場合に、次の相続人に対して損害賠償責任を負うことになります。

また、相続放棄者による管理行為には、財産の性質を変えない範囲での維持・保存のみを行う権限があるにとどまり、処分行為の権限は含まれていないと解されています。

 

⑵ 近隣住民や自治体等の第三者との関係(予防措置等について)

それでは、次の相続人ではなく、第三者との関係についてはどうでしょうか。

例えば、空き家の外壁や屋根が崩れそうだという場合に、相続放棄をした者は近隣住民に対して法的な管理責任を負うのか、近隣住民や自治体は予防措置をとることができるのか、という問題が考えられます。

この点、民法940条1項の管理義務について「相続財産の近隣住民など第三者一般に対する義務ではない」という見解が、国の通達によって示されています(国土交通省住宅局住宅総合整備課及び総務省地域創造グループ地域振興室平成27年12月25日付事務連絡)。

この見解に従えば、相続放棄者は近隣住民など第三者に対しては、民法940条1項に基づく管理責任を負

わないという結論になります。

 

他方で、空き家法には次のような規定があります。

「空家等の所有者又は管理者(以下「所有者等」という。)は、周辺の生活環境に悪影響を及ぼさないよう、空家等の適切な管理に努めるものとする」(空き家法3)
「市町村は、所有者等による空家等の適切な管理を促進するため、これらの者に対し、情報の提供、助言その他必要な援助を行うよう努めるものとする。」(空き家法12)
「市町村長は、特定空家等の所有者等に対し、当該特定空家等に関し、除却、修繕、立木竹の伐採その他周辺の生活環境の保全を図るために必要な措置(そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態にない特定空家等については、建築物の除却を除く。次項において同じ。)をとるよう助言又は指導をすることができる。」(空き家法14Ⅰ)

これらについても、上記通達によれば、相続放棄者のうち相続財産の占有者は、空き家法上の「管理者」に該当するため、空き家等の適切な管理を行うという努力義務を負うことになるとされています。

もっとも、努力義務にとどまり、法的責任を課すものではありません。

 

また、民法上、相続放棄者には、財産の性質を変えない範囲での維持・保存のみを行う権限があるにとどまり、処分行為を行う権限はないと解されています。

いかに自治体や市町村長が指導・助言をしたところで、相続放棄者には相続財産に重要な変更を加える権限がありませんから、自治体等の働きかけは、事実上無意味となります。

むしろ、相続放棄者が処分行為をしてしまうと、相続放棄をしたとしても、法定単純承認にあたりますので、自治体からの要請であっても注意する必要があります(民921)。

そのため、相続放棄者が自治体の働きかけに応じて不利益を被ってしまうと、場合によっては自治体が法的責任を追及される可能性がありますから、安易に指導や助言をしてはならないでしょう。

 

そうすると、上記の見解に従えば、例えば空き家の外壁や屋根が崩れそうだという場合、近隣住民や自治体が請求をする相手は、第三者に管理責任を負わない相続放棄者ではなく、第三者に管理責任を負う所有者ということになります。

全員が相続放棄をした場合、相続財産の所有者は、前記2⑴のとおり、相続財産法人です。

したがって、利害関係人として、前記3のとおり、相続財産清算人の選任申立てをしたうえで、家庭裁判所に選任された相続財産清算人を相手に法的請求をするのが正規のルートといえます。

 

⑶ 近隣住民との関係について(賠償責任について)

このように、予防措置については相続放棄者に対して法的請求は認められません。

しかし、民法には工作物責任というものがあります。

「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。」(民717Ⅰ)

この規定によれば、相続財産が安全性を欠き、事故が発生したために第三者に損害が発生した場合、相続放棄者が「占有者」に該当するときは、相続放棄者は民法上、賠償責任を負うことになります。

工作物責任は、相続放棄者の管理義務の範囲と無関係に、占有者か否かという点が責任の有無を分けるためです。

したがって、相続放棄者にも相応のリスクがあります。

この場合にも、相続放棄者が責任を免れるためには、事故が発生する前に占有を引き継ぐ必要があります。

相続放棄者は迅速に相続財産清算人の選任を申し立てることが望ましいでしょう。

 

このように、相続放棄をすれば安心、と決めつけることはできません。
相続放棄の事後処理も考えたとき、弁護士に依頼しておくことが堅実です。

(弁護士:小原将裕)

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